2021年11月26日金曜日
シニアピアノは出張できますか?
2021年11月25日木曜日
3.歌曲やアリアなど
歌詞がすらすら朗読できるようになったら
歌詞をリズムに合わせて朗読します。
音取りをし、歌詞を母音のみにし
練習します。
最後に子音を伴った歌詞で練習します。
おすすめは、効率の良いレッスンを
うけるために、自分が歌いづらいところを
ピックアップしておきます。
2021年11月24日水曜日
2.エチュード
音取りはドレミ唱法で歌ったり
鍵盤楽器で行ったりします。
リズムが苦手な方は、指揮を
しながらのドレミ唱法をおすすめします。
音が取れたら「単一母音」で
歌う練習をしましょう。
スタッカート、レガート、
跳躍、ロングトーン、メッサディヴォーチェなど
求められるテクニックを確実に
行えるよう丁寧に部分練習した後
通し練習をしましょう。
2021年11月23日火曜日
2021年11月22日月曜日
声楽の家での学び方
2021年11月21日日曜日
イタリアのレッスンは分業?!
イタリアのレッスンは「発声やテクニック」と
「スコアリーディング」は
別々のレッスンへ通う場合があります。
特に、オペラ一本を勉強する場合は
スコアリーディングの先生の下へ通います。
日本でも海外で学んだ
スコアリーディングのピア二ストが
増えています。嬉しいことです。
2021年11月20日土曜日
久しぶりのレッスン
2021年11月19日金曜日
パノフカ
ハインリッヒ・パノフカ(1807年ー1887年)は、
ドイツ出身の作曲家。声楽家。ヴァイオリニスト。
ポーランド生まれ、20歳のとき、ウィーンで独奏会を開き、
27歳でヴァイオリニストとしての演奏活動をパリで行い、
ベルリオーズのもとで音楽会も開くなど、若い時期から活躍。
その頃より声楽に興味を示し、ボルドーニに歌唱技術を学ぶ。
1842年、ボルドーニと共に、パリに声学院 を設立し、
声学教授も務めた。1844年、彼はロンドンに赴き、
王立劇場の声楽教師として働く一方
声楽教本「Practical Singing Tutor」を出版し、
広く声楽教師としての名を知られるようになった。
イタリアの声学の歴史および歌唱様式を学ぶため
1866年からフィレンツェに住むようになるが、
フィレンツェでの生活は長く続かず、
1887年80才、この地で世を去る。
2021年11月18日木曜日
低い声
Q.私は、ソプラノで1点ミから下は声が
極端に出なくなっていまいます。
何か良い方法はありますか?
A.直接聴いてみないと、問題が声なのか
または響かせる位置や支えにあるのか
的確なアドヴァイスができませんが、
低い声を口や咽頭部の中で響かせる
イメージで発声するとどうなるでしょうか?
また、お便り下さい。
2021年11月17日水曜日
王侯貴族から一般市民へ
17世紀中期までの音楽演奏の場は、
教会、王侯貴族や富豪の館などに限られ、
一般市民が優れた音楽演奏に接しうる場は教会のみでした。
市民への音楽の開放は、
1637年に開設されたベネツィアの
サン・カッシアーノ劇場におけるオペラ公演に
始まりますが、最初の公開演奏会は、
作曲家兼歌手ベン・ウォーリングトンの主宰によって
1664年にロンドンで開催されたのが
初めとされています。
2021年11月16日火曜日
2021年11月15日月曜日
ホット チョコレート
ショパンの「おめざ」は
チョコレートと牛乳で作るホット・チョコレート。
これを飲むのが朝の日課でした。
それにスミレの花の砂糖漬けを
入れることもあったとか。
恋人だったジョルジュ・サンドは、
体の弱いショパンを気遣って
ホット チョレートを
ベッドまで運んだそうです。
2021年11月14日日曜日
堀内敬三
11月の歌で取り上げている
シューベルト「アヴェマリア」の
日本語詩の作者は堀内 敬三です。
堀内 敬三は、明治30年生まれ、昭和58年没。
日本の作曲家、作詞家、訳詞家、音楽評論家。
「音楽之友社」の創立者でもあります。
生家は「浅田飴」。
音楽の道を志望していましたが、
生家の賛同が得られず、ミシガン大学へ留学。
後に、マサチューセッツ工科大学大学院を終了。
留学中はサラリーマンの平均月給が70ドルの時代に
月額200ドルの仕送りを受け、
週末になるとボストンからニューヨークまで通い、
演奏会や芝居を観劇していたようです。
ここで音楽評論の下地が出来上がったのでしょうか。
しかし、関東大震災により神田の生家は全焼し、
アメリカでの生活は断念。
帰国後は、父親の会社で働くも、音楽に熱中し、
翻訳、作曲、作詞、放送、音楽教育関係の仕事を次々と行う。
大正15年に曲がヒットしたことにより
ついに、音楽の道に進むことを父に許されました。